王女として大事に育てられてきた咲花は、毎日退屈の日々だった。
上流貴族や他国の王族のような上品な男の子たちしか知らない彼女にとって、英二のような存在は新鮮で、ミステリアスな感じが妙に惹かれるのだ。
気が付いたら咲花は英二をボディガードとして認めていた。
(これは運命だわ☆)
思い込みの激しい咲花は車の中で隣同士になり、ウキウキしていた。
しかし、英二は窓を開け、その風を顔全体に感じながら頬杖をつき、ずっと外を見ていた。
「なに見てるの?」
「外。」
「英二って呼んでもいい?」
「別に、なんでもいいよ。」
「じゃあ私の事も咲花って呼んで!」
「いいけど。」
「…」
「……」
「外、楽しい?」
「別に。」
素っ気無い英二の返答に、咲花はふわっと微笑うと優しく言った。
「知ってた?空って繋がってるんだよ?」
「はぁ?」
唐突に不思議な事を言った咲花に、英二は眉をひそめた。
それでも、ずっと咲花は微笑ったままだ。
そうこうしている内に、車は咲花の泊まる某高級ホテルに着いた。
「行こう、英二。」
咲花が英二に手を差し出す。
英二にとって、生い立ちのせいか女の子に手を差し延べられた経験は全くなく、驚いてボー然としていた。
ただ、光を浴びたその笑顔が眩しくて――
英二が見惚れていていると、不思議に思った咲花が英二に近づこうとしたその時、階段に躓き倒れてしまった。
その一部始終を車の中から見ていた英二はびっくりして目を丸くした。
そして、次の瞬間、堪えきれなかったかのようにプッと吹き出すと、英二はそのまま笑い出してしまった。
「お前、ドジだなぁ。」
笑いながら英二は咲花を抱き起こす。
子供の英二を垣間見たようで、咲花の心はバクバク鳴り、顔が真っ赤になったのでまともに英二の顔を見れなかった。
「ありがと、もう大丈夫だから。」
少しでも早く英二の腕から逃れようとする。
「…っ!!」
しかしそれは急に咲花の足を襲った激痛によって叶わなかった。
あまりの痛みに思わずその場にへたり込む。
「おい、ホントに大丈夫か?」
「だ…大丈夫よ!」
わざと強がってみせたが、実際の所一人で歩くのは無理だ。
「俺に任せろ、お姫様。」
英二もそれに気付いたのか、そう言うと咲花の片腕を担ぎ、ゆっくりと部屋に向かって歩き出した。
本当はお姫様だっこをした方が楽なのだが、あえてしなかったのは咲花のプライドを気遣っての事だろう。
□ □ □
「ただの軽い捻挫だよ。」
部屋に戻って英二はすぐ咲花の足を診た。
そして、英二の適切な処置とマッサージのおかげで、足の痛みは大分和らいだ。
「すごいねぇ。どーしてこんな事出来るの?」
キッチリ固定された足の包帯を眺めながら言った。
「武道は怪我が多いから馴れたんだよ。」
一方、当の英二の顔は元の無表情に戻っていた。
咲花は少し残念だったが、それが『鷹護英二』なのだろう。
「お父様は何をやっているの?」
「鷹爪組の首領。」
「鷹爪…?」
「やくざの組合さ。俺の親父は五代目なんだ。俺が継ぐんだろうけど、親父はまだ一人前に認めてくれないんだよね。」
英二は少し悔しそうに言った。
するといきなり咲花はくすくすと笑い出した。
「?」
英二が怪訝そうな顔をする。
咲花は笑い過ぎて目に浮かんだ涙を拭きながら言った。
「すごい家系ね。お父様がやくざで叔父様は警視総監なんて。英二はちょうど真ん中ね。今回だって叔父様の代わりだし。」
英二は恥ずかしくて頬をポリポリかいた。