初夏の爽やかな風が、ざあっと街を吹き抜ける。
気温は30度を越えているにもかかわらず、風は冷気を帯び、汗で濡れた細い首を優しく撫でる。
(それにしても、遅いわね。)
少女・李 咲花[リ メイファ]は、その細い首を風にさらしながらも、首の汗をタオルで拭いながら思った。
咲花の顔は限りなく日本人に近いが、咲花のもつ日本人にはない危機感を含んだ独特の雰囲気が、咲花が日本人ではない事を物語っていた。
(待ち合わせをするときは、女の子を待たせちゃいけないって、小さい頃親に習わなかったのかしら?)
咲花は『ある人』と待ち合わせをしていた。しかし、当の『あの人』は待ち合わせ時間より20分近く遅れているのだ。
しかも現在咲花は、待ち合わせ場所が王道・ハチ公前だというのにもかかわらず、普通の人なら絶対近寄らないような所にいる。
全身を黒で覆われた咲花の身長の倍近くある男達が囲み、咲花はその中心になにくわぬ顔で立っていたのだ。小学生でも、彼等に関われば危ない事位わかる。
そんな中、無謀にも彼等に話し掛けた人がいた。
「ねぇ。」
その声に男達は一斉に声の主を見る。それは、咲花と同じ位の年の少年だった。
「ねぇ、邪魔なんだけど。」
少年はさらに続けた。
どうやら男達が邪魔で先へ進めなかったらしい。
男達は、少年を凄い眼で睨みながら道を空けた。しかし少年はそんな威嚇にも全く動じず、堂々とそこを歩いて行く。
少年は近くのコンビニでアイスを買うとハチ公前のベンチに腰を下ろした。ふと咲花と眼が合う。
少年は咲花を見るなり言った。
「あんたがボス?俺とあんまり年変わらないじゃん。」
「ぶっ無礼者!咲花様はこれより南に位置する台湾王国の姫君だぞ!?」
しかし少年は、その声に驚いた様子もなく、むしろ何事もなかったかのように表情一つ変えなかった。むしろ少年は男の言葉を聞き、にやっと笑うと言った。
「やっぱり、あんたがお姫様か…」
「『やっぱり』って…?貴方もしかして、ケイイチ タカモリ!?」
その言葉に反応し、咲花は『あの人』の名を呼ぶ。
すると少年はそれに対し答えた。
「違うよ、慶一じゃない。俺は鷹護 英二。警視庁警視総監、鷹護 慶一の甥。アンタを今後一週間護る事になってるんで、ヨロシク。」
英二は興味なさそうにアイスを舐めながら言った。
誰も、特に咲花は、自分と同じ位の年の男の子という事もあり、全く信じられなかった。
「貴様、冗談も休み休み言え!!」
「…信じてもらえてないみたいだね。」
「何!?」
英二の言葉に我を失った男が、英二の胸倉を掴む。
男が英二を殴ろうとした瞬間、いきなり何かに弾かれたように後ろに吹っ飛ばされた。
鼻血を出し、完全に気を失っている。
英二の目にも止まらぬ早さの突きが男の顔面に直撃したのだ。英二の握られた拳には少しだけ返り血が付いている。
英二はそれをぺろっと舐めると、
「これでどう?」
と言った。
同い年とは思えない、英二を纏うその異様な雰囲気にゾクッと背筋が震える。
その瞬間、咲花は英二を気に入ってしまった。
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