「どうぞあがって下さい。」






     おいてきぼりになり、英二の後ろ背だけを見送りながら淋しそうな目をしている咲花に、英一は絶対息子にはかけないような優しい口調で言った。



    「…おじゃまします。」

     咲花は少し控え気味に答えた。






     英一に導かれ家の中に入った咲花は、彼の後を黙って歩いている。

     所々にいる組員は英一を見るとさっと道を譲り頭を下げている。
     それは咲花に対しても同じだ。
     おそらく、彼等はまだ勘違いをしているのだろう。

     しかし、英一はかまわず先へと進んでいく。
     広い家だけに、一度引き離され見失ったらもう一度見つけるのは容易ではない。

     咲花は一生懸命周りを気にしないように英一の後を追った。



     その内、英一は一つの部屋に入った。勿論、咲花もその中に入っていく。
     その中には、先刻入っていた英一と咲花の二人しかいない。



    「まぁ、座ってくだせぇ。」

     英一は座布団を一枚敷き、ポンポンっと叩いた。おずおずと腰を降ろす。
     それを見て英一はニカッと笑うと、その近くに座布団も敷かないでドカッと座った。


    「お嬢ちゃん、名前は?」

    「咲…花です。」

    「メイファちゃんか。ってゆーと、アレか?異人さんか?」



     『異人』。

     その言葉に咲花は少しムッとした。差別用語だからだ。
     しかし、英一の人懐っこい笑顔で、その言葉に悪気がなかった事が読み取れる。



    「まぁ、そんな所です。」

     咲花は作り笑いをして答えた。


    「するってぇと、どっかの国の王女様ってやつか。」

    「!?どうして、それを…?」

     驚きを隠せない咲花に英一は目を細めて笑うと、言った。


    「アイツは、昔っからなんに対しても興味を持たない奴でなぁ、まるで子供とは思えない程いつも冷静だった。
     感情が欠落してるっていうのかな、武道をやっていても痛いはずなのに全然痛そうな顔をしないんだ。

     そんな英二が唯一興味を持ったのが、『銃』なんだよ。
     どうやら英二は日常では有り得ない事にしか興味を持たないらしくてな、しかしこんな家に生まれちまったもんだからよ、普通じゃ有り得ない事も、英二にとっちゃあ有り得る事になっちまったみたいなんだ。
     ウチじゃあんまり銃は使わねぇもんだから興味を持ったみたいだが、あんたみたいな普通の女の子のボディーガードなんていつものあいつじゃやんねぇから、なんか『特別』なんじゃあねぇかなって思った訳よ。」

     咲花はその話を静聴した。





    『特別』、か…





     咲花は少し残念だった。

     英二に特別だと思われているのは凄く嬉しいのだが、咲花は英二にとって『王女』ではなく、『女の子』として見て貰いたかったのだ。



     そんな事を感じていると、いきなり英一が立ち上がった。


    「おいで。英二のいる射撃場に連れて行ってやろう。」



     スタスタと歩き出す英一の後を、咲花はなにも言わずついて行った。